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2012年5月24日 (木)

NO.213 戦争史観について

日本人が外国旅行をしたときに、戦争、特に第二次世界大戦にゆかりのある土地を訪ね、時には黙祷をするのは、日本人として当然のことだと思っています。

靖國神社には多くの戦死者が祭られています。日本人だけでなく、台湾人、韓国・朝鮮人なども含めて。

神風特別攻撃隊(しんぷうとくべつこうげきたい)による敵艦攻撃は、練度が非常に低い兵士の寄せ集め、ヒトラーでさえ理解不能な無謀な作戦でした。

靖国で会おうと、多くの若者が散っていきました。

話は逸れますが靖国神社の桜は、とてもきれいです。ぜひご覧ください。

散りゆく桜を見て、なにがしかの感慨をも覚えない人間は、特に往時を振り返ってほしい。

神風特攻隊は、成功率ほとんどゼロ、無謀な作戦で多くの貴重な命と物資、燃料を失いました。

翻って、同盟国ドイツは、敗色濃厚となると、無人で相手を攻撃するロケットやミサイルを開発運用し、実際にロンドンにV2ロケットを雨あられのように打ち込み、火の海にしました。兵士に頼らない攻撃方法を生み出したわけです。

軍部の無策のおかげで貴重な命を奪われた若者たち、それから、靖国神社などには入りたくないと思いながらも無理やり入れられた一部の日本人や朝鮮人、台湾人への思いも忘れてはなりません。

日本人は、精神論が好きですが、精神論で戦争はできないし語れない。

事実が全てを物語っています。

私は、靖国神社にお参りしますけど、あの戦争を美化も賛美もしません。

当事者や家族の話ならともかく、第三者のブログなどを読むこともやめました。

当事者でもない人間の感想文を読んでも意味がない。読むなら内外当事者の文献。

やはり、自分の目で見て耳で聞いたこと、体で感じたことがいちばんです。

そういう思いを抱いて、これからも戦争にゆかりのある土地を訪ねようと思います。

イスラムの自爆テロと、神風の自爆攻撃、受け手からすれば恐怖&理解不能という点で共通です。

命ある人間を犬死させるような卑劣な輩は、自ら消えてなくなってほしいと思います。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

とある哲学書にこのような事が書かれてました
「例えば、オウム真理教などのような宗教団体でも
 キリスト教やイスラム教などのように、信仰者が増えれば
 それは正しい物となる」と。
言葉が下手なので、伝わらなかったらゴメンナサイsad
 
何が正しくて、何が間違っている、などという基準は無いと思います
だからと言って、私が殺人やテロを推奨するつもりはありません!
 
例え他人から理解されずとも、
その人にとって、それらの行動はきっと正しい事なのだと思います
ハクさんの考える事も正しいし、私の考える事も正しい
ただ「正しいと決める」基準を、何にするかの問題では無いのでしょうか?

木南さん、コメントありがとうございますhappy01

私は口論は嫌いですが議論は好きなので、そういう前提で読んでくださいね。
そうそう、木南さんのおっしゃることは正しい。
でも私の思い、願いも聞いてください。
私の願いは、先の戦争を、「戦争を知らない世代」が風化させてほしくないということです。
ハワイやサイパンに遊びに行く。
韓国や中国、香港、台湾に行く。
大いに結構です。
でも、そこは70年前の戦場です。
敵味方多くの兵士や俘虜、民間人が命を落としました。
そういう場所で遊び呆けることにためらいがあるのですよ。
私は毎年シンガポールを旅します。
ここには、日本とシンガポールがお金を出し合って建立した記念碑が建っています。
当時日本軍によって、中華系をはじめとした現地人が大量虐殺されました。
私はそこで毎回欠かさず祈りを捧げます。
他にそんなことをしている日本人は誰もいません。
近くのマーライオン公園は日本人でいっぱいなのに。
広島や長崎に原爆を落とされたことを日本人が忘れないのと同じく、シンガポール人は日本占領時代(1942年2月から終戦まで)のことを忘れていません。
先人が犯した罪を忘れず、何かしらの形で伝えていき、できれば皆さんにもそのようにしてほしいというのが私の願いです。
身近に言えばいじめでも同じですけど、加害者はすぐに忘れてしまうのです。
それではいけないと私は思っています。
「正しいと決める基準」ですけど、これは個々人の良心にあるのではと思っていますよ。

その時代、その瞬間にそれぞれの「正義」があり
「想い」もある
何が正しく、何が間違っていたのかは
後世の歴史評論家よろしく、各自が考えれば良い事

第二次世界大戦だって、旧帝国陸海軍の独断とみれば悪
大東亜圏の独立を目指した闘いだったとみれば、そこには正義がある
正義と悪は表裏一体、それが人間の「業」なのだと
私は考えています

ただ、勢いで戦争を起こしては行けない事は判りますが
なぜ、そうなったのか?なぜ、その選択だったのか?を思慮しなければ
それこそ、戦争の善悪を精神論(感情論)で語る事と、なんら変わらないと思います

Agulさん、コメントありがとうございますhappy01

大東亜共栄圏、八紘一宇とは戦前の日本が考えた言葉。
大戦後アジア各地が独立しましたけど、これは日本が独立戦争を支援したからではありません。戦争の結果的そうなった、つまりは結果論です。
数多の資料が、証言が証拠です。
私は、多くの人間が命を落としていった「事実」を忘れてはいけないと言っているのです、戦争は、人を殺す時点で正義などありえない。「正義の戦争」などありえないのです。
そのために、戦争を回避するために外交があるのです。
武装して国を守るのは当然です。でも武器を使うようになってしまったら国家としてお終いです。
勢いだろうと、何だろうと、戦争を起こすことは反対です。
最後でAgulさんが語っていることは、申しわけないですが私が行っていることと直接関係ない。言葉足らずで申し訳なかったのですが私が言いたいことと話がずれています。
私は事実しか受け容れません。多くの人間が命を失ったという事実。
外国で命を失った日本人を含め敵味方の兵士や民間人などへ祈りをささげるのが私の務めです。これは、私の思いがそうさせていることで、誰が何と言おうと続けていきますよ。

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