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新ねこバス新聞 別刷

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    旧ねこバス新聞時代から続く、新ねこバス新聞の別刷。こちらより、もっと軽いことをマイペースで書いていく予定です。ただし、無茶苦茶更新頻度低い(笑)
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2012年4月

2012年4月30日 (月)

NO.190 ハンバーガー(少しだけ経済学の話)

お昼前、イオンの中にあるマクドナルドに行ってきました。

今日は祝日とイオンの「お客様感謝デー」が重なり、しかもお昼時ということもあり駐車だけで苦労しました。

店内は大混雑。 フードコートのマクドナルド売場へ直行すると、やはり長蛇の待ち行列。

今日はなんとなくマックを食べたい心境lだったので、あえて並ぶことにしました。

周囲で聞こえる声。

「混んでるからやめとこうか」 「他の店にしようか」 少ならぬ人たちの声です。

この人たちは、ほんとうはマクドナルドで食事なりテイクアウトしたりしたかったのに、それをあきらめたわけです。

これを経済学の用語では、機会損失といいます。

機会損失(はてなキーワードより引用):
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%A1%B2%F1%C2%BB%BC%BA

供給側が需要側の要求に応じることができなかったために、マックから去ったお客さんの分だけ売り上げが減ってしまったわけです。

もったいない話ですよね。 でも対処方法を考えるのは難しいのです。

お昼のピークに合わせてアルバイトの数を増やしたりバックヤードのスペースを拡げたりすると、今度は空いている時間にスペースや人員の無駄を生じるのですから。

ディズニーランドのような「閉ざされた空間」だと、他に選択肢がなくひたすら並んで待つしかないのですが、選択肢がある場合は売り上げの減少につながるためお店の側は大変だと思います。

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2012年4月29日 (日)

NO.189 有り合わせのもので夕食を作ってみました。

昨日は土曜日だったので私が食事当番でした。

2012042901

昼食は素麺にしました。
両親と私の3人家族なのですが、私がやせの大食いのため、素麺は6束使用しました。
自宅には揖保の糸はじめ兵庫播州地方の素麺があったのですが、今日は使いかけの長崎島原産の素麺を使用しました。
薬味は生姜と大葉(シソ)。

夕食は写真のとおり、スパゲッティ。
トマトソースベースのイタリアン味です。
オイルはネット通販で買っているエキストラバージンオリーブオイルを使用しています。
具材は、ソーセージとエリンギとナス、それからニンニクを少々。
具材を炒めてからホールトマトをつぶしながら投入です。
(今回は手抜きをしたので見栄えが悪いですね。彩りだけでも良くするために刻んだパセリを載せてみました)
脇にあるのは、ビールとサラダ(トマト、キュウリ、スプラウト)、スモークサーモンです。
連休後半に出かけるので、それまでに冷蔵庫の生鮮食料品を使い切る必要があります。
どうしてもナスを使いたかったので、ナスだけ買ってきました。
ドレッシングも自分で作りました。
エキストラバージンオリーブオイルはオイルというよりオリーブのジュースのようなもので、生でもOKなんですよ。
オリーブオイルにワインビネガー、醤油と塩コショウ少々、レモンの汁を加えて出来上がりです。
味は? 私の料理は誰からも教わらない自己流で、おいしければそれで満足といったレベルです。
今回は、ソーセージを使った分脂分が少し多い感じでしたけど、まあまあでしたよ。
見た目はいまいちですけどね。

それにしても片づけはめんどくさいですね。
食器洗い乾燥機に感謝です。

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2012年4月28日 (土)

NO.188 洗車

車を買った時に営業マンから意外な話を聞きました。

乗り潰さず下取りに出そうと思っているなら洗車の回数は減らした方がいいんですって。

汚れる度に洗車していると、塗装が痛むそうです。 機械洗車だろうと、手洗いだろうと。

汚れたまま走っている車がいますよね。

でも年に数回洗うだけの車のほうが塗装がすり減っておらず、傷も少ないため下取価格は高いそうです。
(私が自分で調べた話ではないので参考程度にお願いします)

そうは言っても、やはり汚れたままというわけにはいきませんよね。

先ほど買物帰りにガソリンスタンドで洗車してきました。

理想は自宅での手洗いですけど、暑いし時間がもったいない気がするので。

洗車といえば、今日は街中を走っている車の多くがきれいに見えました。

行楽前に洗車した車が多いのでしょうか。

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2012年4月27日 (金)

NO.187 ゴールデンウィーク

明日28日からゴールデンウィークですね。

海外へ行かれる方、特に中国、韓国、東南アジア、ハワイ、南太平洋の島々へ行かれる方へ。

明治、大正、昭和の初期に、現地で日本という国が犯した過ちを振り返ってみてはいかがでしょうか。

現地で亡くなった方々、敵国や日本の兵士や民間人のご冥福をお祈りしてはどうでしょうか。

そのような、記念碑や墓地などのスポットがあると思います。

100%遊びモードとは違った、新しい発見や出会いがあるかもしれませんよ。

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2012年4月26日 (木)

NO.186 お城

質問です。 2012042601

どこのお城でしょうか?

私の身体に流れている血液のルーツです。

ヒントは、三大名城。

そう言えば、日本一のお城と言えば姫路城だと言われていますけど、なぜ三大名城に入っていないのか不思議です。

トリミングに失敗しました。

左端は市役所ビルです。

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2012年4月25日 (水)

NO.185 ゆとり時間 ~福知山線脱線事故から7年

2005年4月25日、兵庫県のJR西日本福知山線(JR宝塚線)で多数の死傷者を出す脱線事故が発生しました。

あれから早いもので、今日で丸7年が経ちます。

脱線事故の直接原因は、速度超過ですけど、背景には、「過密ダイヤ」による「余裕時分のカット」があります。

「余裕時分」とは、運行ダイヤが多少狂っても、それを調整するために設けられた時間のことです。

定刻より1分遅れでA駅を発車したB駅経由C駅行きの電車が、B駅に着きました。

B駅での停車時間がダイヤ上(時刻表上)2分設定されていれば、停車時間を1分に縮めればB駅を定刻で発車できます。

ところが、B駅の停車時間が1分しかなかった場合、B駅での乗降時間を考慮すると、B駅の前後で「回復運転」つまり遅れを取り戻すために制限速度ギリギリでの運転を強要されます。

福知山線での事故は、制限速度を超過したために発生しました。

当時の福知山線(JR宝塚線)のダイヤは、神業としか思えないほどの見事なダイヤでした。

その代り、余裕時分は大幅にカットされていたために、遅れが発生した場合の運転士へのプレッシャーは相当なものがあったと思います。

仕事にしろ、勉強にしろ、「余裕時分」すなわち「ゆとり時間」をもって臨めば、結果的により高い成果が得られるのではないでしょうか?

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2012年4月24日 (火)

NO.184 日本代表

日本人は、必ず日本人選手、日本代表チームを応援しなくてはいけないのかな?

野球やゴルフ、サッカーなど多くのスポーツで日本人が活躍しています。

今年はロンドンオリンピック。

日本人は、日本代表を応援しないといけないのかな?

日本代表を応援しないと「非国民」扱いされるのかな?

非国民として、いじめられるのかな?

昭和初期の、悪しき時代へと逆戻りしていないのかな?

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2012年4月23日 (月)

NO.183 口は災いのもと

「この話は絶対内緒。誰にも言わないでね」

と言われたあなた。

もし、それを他人に話したら?

仕事でも、友だち関係でも、信用を失います。

秘密を漏らすと、仕事を失いかねない。友達を失いかねない。

そういう人間を、人は信用、信頼してくれるでしょうか?

「秘密を漏らす人間には、秘密を洩らせない」

漏らすと、洩らすは、敢えて使い分けました。

いずれにしろ、職場でひとりの人間を切り捨てました。

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2012年4月22日 (日)

NO.182 ギャンブル

20代の頃、一時期競馬にのめり込んでいました。

勝つときもあれば、負けるときもある。

表計算ソフトで損得計算をしていましたけど、だいたい、想定の範囲内の収支結果でした。

25%の赤字。

日本中央競馬会(JRA)では1レースごとの勝馬投票券(いわゆる馬券)の売り上げ総額の75%を払戻金に充当します。

残り25%は、賞金、人件費その他経費、それから国に納められ、農業振興や福祉のために使われます。

何が言いたいかというと、競馬は慈善事業でなく、国家の収益源になっているということです。

競輪やボートなどの公営ギャンブルも、地方自治体の財源確保のために開催されています。

宝くじも、人々の射幸心をあおり、国や地方公共団体にお金が流れる点では競馬と一緒でギャンブルの一種だと思います。

一方パチンコは、これは営利企業による商売ですね。

いずれにしろ、ギャンブルで損得勘定して「勝つ」ということはまずありません。

宝くじを買ったことはありませんけど、買うとしたら「税金を納めた」と思うことにします。

競馬の場合も、勝馬投票券という名称からして、好きな馬が勝つように願いを込めて「投票」するのであって、損得は次に考えたいと思います。

競馬の春のGⅠレース、天皇賞、オークス、ダービー。

レースが気にならないでもありませんけど。

ギャンブルで生計が立つなんてことはありえません。

余裕資金を「投機」に回すイメージか、または競馬をはじめ公営競技のように「趣味」として楽しめればと思います。

悪魔のささやき、今では聞こえなくなりましたよ。

ギャンブル、いまでは一切やりません。

でもお馬さんは美しいし、可愛いんですよ。

馬券を買わなくても競馬場は入場できるので、興味がある方は観に行ってみてください。

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2012年4月21日 (土)

NO.181 食事当番

今日から食事当番を始めました。

毎週土曜日の昼ごはんと夕ごはんは、私が作ることにしました。

両親と暮らしているので、計3人分です。

家族のために包丁を手に調理をしたのは何年ぶりでしょうか。

本当に久しぶりです。 Dsc01478 材料は、スパゲッティーのほかに

「なばな(菜の花を食用にしたもの。三重県特産?)」

「豚肉小間切れ」

ソースはこれです。 Dsc01476 名古屋人なら誰でも知っている、あんかけスパゲティのソースです。

味は、自画自賛?^^; ソースのおかげかな!?

茹でずにいきなりフライパンに投入してさっと火を通した「なばな」は、ほのかな甘みが少し塩辛いあんかけソースとよく合いました。

今夜は、鶏肉を使った煮物を作ります。 和風にします。

料理は楽しいけど、毎日続けるのは、時間的にしんどそうですね。

家事は分担しないと大変だと思います。

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2012年4月20日 (金)

NO.180 大人のいじめ パワハラ

私は2007年4月に異動してきた管理職から丸2年間、パワハラ(パワーハラスメント)を受け続けました。

簡単に言えば、職場でのいじめです。

・新人よりも簡単な仕事しか与えない。

・他の仕事仲間がいる前で私を叱責する、しかも感情的に。

・私の人格を否定するようなことを大声で人前で言う。

・自分のお気に入りの人間を、明らかに贔屓する、等々。

数え上げれば、キリがありません。

私とは相性が合わなかったのでしょうか。

ターゲットにされた理由が、未だに分かりません。

もう辞めようかな、とも思いつつも、「この人の定年までのことだから」と、なんとか今の職場にしがみ続けました。

言い返すこともできず、黙って耐えていました。

直属の上司にあたる課長は、陰では私をかばってくれましたけど、課長の上司にあたるパワハラ管理職の前では課長も何も言えませんでした。

私を支えてくれたのは、ひとりの課長補佐です。

パワハラ管理職は専制君主なので、彼の言うことが全て正しいという世界。

その中で私が酷い扱いを受けているときに、課長補佐は折に触れて私をかばいパワハラ管理職に「もの申して」くれました。

詳細を記すと全ての個人が特定されるので記しませんけど、とにかく2年間地獄を味わいました。

地獄の終わり=パワハラ管理職の定年退職です。

地獄で生き延びることができたのは、課長補佐のおかげです。

パワハラ上司は定年退職し、課長や課長補佐、同僚も全て他の職場に異動しました。

今の職場は、管理職が人間的に素敵な方で、風通しも良くなり天国です。

ピラミッドの組織では、管理職のキャラクターで人間関係、職場の雰囲気が決まります。

「地獄に仏」

「地獄から仏」

それぞれの「仏」とは、もちろん当時の課長補佐と、今の管理職のことです。

地獄を共に闘ってくれた当時の課長補佐とは今でも「先輩&友人」として親しくしています。

8歳も年齢が離れているのに、タメ口で話す仲です。

今の管理職は、定期的に飲みに誘ってくれます。

パワハラで病気休職や退職に追い込まれる方々は全国に山ほどいますよね。

子供のいじめだけでなく、パワハラをはじめ、職場や家庭、地域での嫌がらせ、大人のいじめについてもブログで書いていこうと思います。

(個人が特定されないように、ある程度設定を変えさせていただきましたが、ニュアンスは変えていません。)

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2012年4月19日 (木)

NO.179 自転車に乗れるようになったのは…

子供の頃、補助輪がないと自転車を漕ぐことができませんでした。

小学生になっても、自転車に乗れませんでした。

ちなみに、母は自転車に乗れませんので、父の特訓を受け続けました。

ますます自転車が嫌いになりました。

でも、自転車に乗れないと子供ながらに行動範囲が狭くなります。

それに「お前は自転車に乗れないのか」と馬鹿にされるし。

小学4年生の時、転んで怪我してもいいやと、思い切り自転車を漕いでみました。

フラフラ走行でしたけど、乗ることができました。

大きな自信になりました。 再チャレンジしてみました。

今度は、普通に乗ることができました。

自転車に限らず人生何ごとも、挑戦、冒険することが必要なのかもしれません。

冒険…勇気が要りますけどね。

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2012年4月18日 (水)

NO.178 失敗しました。

一日の仕事を終えて帰ろうとした寸前に、急な業務が舞い込んできました。

久しぶりの残業を少しだけして、帰宅中の電車内で聞こえてきたのが「間もなくドアが閉まります・・・」

危ない!乗り過ごすとこだった。

ホームに降りたところ、どうも様子が。 1つ手前の駅で下車してしまいました。

次の電車まで待ってもよかったのですけど、気分転換。 いつもより30分余計に時間をかけて家路をたどることにしました。

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2012年4月17日 (火)

NO.177 読書に触発されての旅

大原孫三郎、ご存じでしょうか?

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倉敷紡績の創設者です。 大原美術館の設立にも関わっているんですよ。 2012041702

児島虎次郎。 国内でも、絵が好きな方にも意外と知られていない画家です。
パトロン大原孫三郎をバックに、ヨーロッパの絵画をかき集めた、要するに大原美術館の大コレクションを築いた功労者でもあります。
これら2冊の本に触発されて、私は10年ほど前に倉敷を旅しました。

本は好きでも、絵画にはあまり興味がない私。
それなのに大原美術館、丸一日楽しめました。

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2012年4月16日 (月)

NO.176 ちゃんと仕事していますか?

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1年以上前に出版された本です。

発売されてすぐに購入しました。

けれども私の書棚は未読本がぎっしり詰まっていて、順番が(苦笑)

先日ようやく手をつけ一気に読み終えました。

百聞は一見に如かず、いえいえ、百聞は一読に如かず。

機会があれば読んでみてください。

タイトルどおり、(悪党以外)人間にはそれぞれ存在意義があるみたいですよ。

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2012年4月15日 (日)

NO.175 ファミコン

私は中学生のころからパソコンを与えられ使っていました。

インターネットもパソコン通信もない、30年ほど前の話です。
当時はパソコンではなく、「マイコン」と呼んでいました。
パーソナルコンピューターではなく、「私のコンピューター」
ゲームをしたり、プログラムを作成してプロ野球選手の成績データ集計をしたりして楽しんでいました。

その代り、親に買ってもらえなかっものがあります。

ファミコン。

友達がみんな持っているから自分でも欲しくて仕方ありませんでした。
そう言って親におねだりしても、頑として買ってくれませんでした。
理由は、パソコンがあるからいいでしょという以外、教えてくれませんでした。
ゲームのし過ぎで勉強が疎かになる、というのなら当時すでにパソコンのゲームにはまっていましたから。

父は電機メーカーに勤めていましたけど、ファミコンを製造販売している会社は独立系。
そういう、父の勤め先と(旧財閥の)系列が違うという問題でもなさそうです。

ファミコンが登場するまでは、我が家は友達の溜まり場でした。 うちはマンションだったのですが、マンションの公園で野球をして遊んだり、近くの神社で缶けりをして遊んだりしていました。

ファミコンが登場してから、みんなと一緒に外で遊ぶ機会が減りました。

中学生になって部活動に参加するようになり、子供同士遊ぶ自由時間が減ったということもあるのでしょうけど、やはり皆さんファミコンで家に閉じこもって遊ぶようになったからだと思います。

けれども、やがてファミコンなどなくて良かったと思えるようになりました。

かわりに、本を読んだり、趣味を楽しんだり、工作をしたり、時刻表をめくって空想旅行をしてみたりして、創造力が育まれたからです。

ちなみに、いじめ問題に取り組んでいる姿勢をアピールするため「にほんブログ村」なるサイトにリンクを貼ることにしました。

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2012年4月14日 (土)

NO.174 フードコートへの飲食物持込はOK?

大型ショッピングセンターなどに必ずあるのがフードコート。

複数の店舗が集まって、同じテーブルで食事ができる場所ですね。

ところで、フードコートの店舗でハンバーガーを購入し、ドリンクは同じ建物内にあるスーパーマーケットで売っていた88円のペット茶を持ち込んでというのはOKなのでしょうか。

個人的にはNGだと思っているのですが、そもそもイオンなりイトーヨーカドーなど、スーパーの系列会社が管理するフードコートが多いため、同じ建物内のスーパーで買ったドリンクの場合は微妙な気もします。

中には、スーパーで販売している安売り弁当を食べている人もいます。

更には、フードコート内の店舗はもちろんスーパーの飲食物を食べることなく単なる暇つぶしの場所として使っている人もいます。お昼時の混雑する時間に。

フードコートのテーブルって、公園のベンチとは違うと思うのですけど。

私が知る外国のフードコートには、ペットボトルを含めて外から飲食物を持ち込んだら罰金なんていうところもありました。

明日は母の誕生日なので、お祝いに今から両親と食事してきます。

2012年4月13日 (金)

NO.173 もやしというあだ名

小学生の頃、心無い一部の友達から「もやし」と呼ばれていたことがあります。

これは、身体的な特徴からそう言われていたのです。

中学生の頃、心無い一部の友達から「ガリ」と呼ばれていたことがあります。

これも、身体的な特徴「がりがり」と、「がり勉」との掛けことばです。
(ちなみに、私は大して試験勉強もしていなかったので、なぜがり勉なのか理解不能です)

中学生になると、あだ名も巧妙化するのでしょうかね。

私は大人しい人間でしたけど(今では、本当に?と訝しげな視線を浴びます)、こういうイヤな呼ばれ方をされる度に相手に直接抗議していました。

からかいのレベルで、いじめに発展することはありませんでしたけど、どの程度まで反撃すれば身を守れるのか、反撃しすぎると自分もいじめに遭うのではないのかなどと、パワーバランスを考えるのに子供心にも相当に神経を使っていました。

その時の体験が今の仕事で多少なりとも役立っているのは皮肉な話です。

身体的特徴からあだ名を付けられるのは本当に酷いものがあります。

ついでに言えば、小学生の頃は、「力石徹」とも言われていました。

敬意を込めてというよりは、やはり体形からそう呼ばれていたわけです。

あだ名くらいで、なんて思っている人は、既にいじめの加害者になっているかもしれませんよ。

言葉遣いには、気をつけてほしいものです。

2012年4月12日 (木)

NO.172 アルプスの少女ハイジ

以前もブログに書いたかもしれません。ハイジ。

私は昭和50年(1975年)前後、ドイツに住んでいて、毎回「ドイツ語吹替版ハイジ」を観ていました。

クララが暮らすフランクフルトから近い街に住んでいたので、ドイツやドイツ語圏スイスアルプスが舞台の日本アニメをドイツ語で視聴するというのが、子供心にも不思議な感じがしました。

日本に戻ってから、日本語版の再放送を観ました。

ハイジに出てくるキャラクター、ペーターやクララ、そして、おじいさん。

大人になってハイジを観ると、子供の時とは違ったところに目が向きます。

ハイジはどうして裸足なんでしょうか?

登場人物、それぞれ何かしらハンディキャップを負いながらも明るく一所懸命に生きています。

ハイジやクララのように優しく、ペーターのような頼もしい人間になりたいと思います。

おじいさんのように、包容力のある人間にも。

良質なアニメは、大人でも楽しめます。

できれば大人の心のままではなく、童心に帰って楽しみたいですね。

2012年4月11日 (水)

NO.171 字が汚いと苦労する

小学生の頃から、親からはもちろん、担任の先生から字が汚い、丁寧に書きなさいと言われ続けながらも無視してきました。

ですから、私の字は今でも小学3年生レベルのままです。

子供の頃、へたくそな字で苦労したのは、小学校の「習字」の時間くらいでしょうか。

特に、冬休みの宿題「書初め」は最悪でした。

下手な字が教室に貼り出される、晒される。

字が丁寧な子は、まじめな子が多い気がしました。

キチンと丁寧に字を書こうと心がけているのでしょうね。

自分にはマネができないだけに羨ましく思いました。憧れました。

一方私は、授業でノートに書く習慣がなく、理科や算数・数学の計算でメモ帳代わりにノートを使うくらいでした。

というわけで私のノートは1年間ほとんど使わずじまい。

その代り、授業はまじめに聞いていましたよ。

先生の話を聞くのに集中していると、ノートに取るのがおろそかになるのです。

「聞く」と「書く」とが同時にできない。

やむを得ず?ノートに書かざるを得ないときは急いで書くのでどうしても下手な字になります。

読めればいいや、程度のレベルの。

就職してからは、ワープロ、そしてパソコンのおかげで、私でも「キレイな文章」を書けるようになりました。

ところが、直筆、しかも筆書きで丁寧な字を書かねばならない機会が社会人にはあります。

冠婚葬祭での記帳、祝儀・不祝儀袋への名前の記入です。

字が汚い、下手な私にとっては拷問です。

ごく親しい身内の場合は、筆ペンではなく普通のペンやマジックで赦してもらいます(笑)

普通に汚いままだと無粋なので、自己流に崩した「個性的な」字にします。

99%の人間は、何じゃこれ!?と思うでしょうね、この個性的な字を眺めて。

ところが、ご近所や職場関係などではそうは行きません。

何度も書いては捨て、書いては捨ての繰り返しで、祝儀袋が墓場(ゴミ箱)に消えていきます。

祝儀袋、私にとってはとても高価なものなんですよ。

2012年4月10日 (火)

NO.170 婚活

どうも気が乗らない。

婚活をするかどうか迷っています。

すなわち、結婚紹介所に登録するか迷っています。

けれどもリアルには相手がいない。

バツイチ子連れ年上大歓迎。

唯一の条件?

家事を分担してくれることくらいかな。

私は炊事・洗濯・掃除と、ひととおりできます。

誰か相手いないかな。。。

2012年4月 9日 (月)

NO.169 学級委員

地域によって、級長とかクラス委員とか色々な言い方があると思うけど、とにかく嫌だったのがこれ。

高校に進学して立候補する人がいたのには仰天したけど、小中学校の時は、常に推薦で決まっていました。

学級委員は大体「勉強ができる子」「スポーツが得意な子」「クラスで人気がある子」に決まるものですが、とにかく立候補者はいませんでした。

そうすると、今度は推薦となります。「OO君がいいと思います!」

始業式が嫌でたまりませんでした。

まず決めるのが学級委員だったからです。

しかも、大概推薦される。

何人か選ばれたら、いよいよ投票です。

先生が黒板にチョークで数を書いていきます。

正、正、正の字で(笑)

正の棒1本ずつ数えていくのが苦痛で仕方ありませんでした。

友達にはもちろん「Aに投票して。僕には入れないで」と釘を刺しておくのですけど、裏切者はどこの世界にもいるようで。

それに女子にまでは中々「根回し」が…

幸い、小学4年生の時に1度学級委員をやっただけで、あとは1度もありません。

正の数、それはまさに人気のバロメーターなわけで、要は人気がなかったということですね。

児童会、生徒会活動を一切やらず、クラブ活動もいい加減、学級委員もやらず推薦(正確には内定)で高校に行けたのが不思議です。

もう一人、同じ学校に推薦で行った友達は学校中の人気者で、それこそ学級委員を当たり前のようにこなしてきた人間だから。

一般入試で同じ高校に進学してきた同級生も、生徒会長やら学級委員やら、内申点抜群て感じです。

今の仕事もそうですけど、人生「裏街道」を歩んできたようです。

裏街道の話はいろいろあるのですけど、忍者が正体をばらすようなものなのでご勘弁を~

複数の友達からの言葉。

あれっ?中学で学級委員やったことなかったんだっけ!?

2012年4月 8日 (日)

NO.168 交通事故の精神的ショックは癒えず・・・

(1か所訂正しました)

去年の夏に買った本です。
私は、クルマ選びのためではなく、自分が買った車の評価が気になって買いました。

2012040802

この本を買ってすぐ愛車の記事を読んでみましたが、間違いではなかったようですlovely

ところが、直後に全損事故。
私の命を救ってくれた代わりに、天国に召されました。
大枚はたいて買って2年しか経ってないのに…

先月新車を購入し、しばらくぶりにこの本でチェックしてみました。
このチョイスも幸い間違いではなかったようですcoldsweats01

でも、いくら燃費が悪くても、維持費が安くても高くても、以前乗っていた車のほうが運転する楽しみを味わうことができ、所有欲を満たすことができました。

プチ贅沢から道具へ・・・なかなか納得できない、割り切れないものがあります。
そのうち、今の車にも愛着が湧いてくるのかな?

これから本を購入されるなら2012年版を買ってくださいね。
2012年版 間違いだらけのクルマ選び』徳大寺有恒、島下泰久共著(草思社)

2012年4月 7日 (土)

NO.167 13歳のハローワーク 進学は夢をかなえるための手段です

『13歳のハローワーク』(村上龍著:幻冬舎)という本を知っていますか。

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世の中の様々な職業について書かれた本で、村上龍さんアレルギーの人も安心して読める本です。

はまのゆかさんの絵もかわいらしいです。

13歳とうたっていますけど、13歳に限らず小学生から高校、大学生、保護者にもお勧めですよ。

転職希望者、就職希望者、まさにハローワークを利用されている方々にも役立つかもしれません。

順番にめくって読んでいくのもいいかもしれませんけど、お子さんが興味ある職業についてまず読んでみる、事典として使えばいいと思います。

時間があれば、他の職業について読んでみることで、

「ああ、こういう面白そうな仕事があったんだ!」

という風に、新たな発見、可能性が生まれるかもしれませんよ。

この本が刊行されて8年以上経つのですけど、色あせてはいませんし、続編も刊行されているようです。

村上龍さんの職業である小説家についても触れられていますよ。

ここでは触れられない職業も含めて、世の中のお仕事の全てが網羅されていると思います。

子供の進学にあたっては、

・将来何になりたいのか(あるいは、まだ決まっていないのか)

・そのためにはどういう進路選択をすればいいのか

ということを中学生のうちにしっかり決めておくと、間違った進路選択をせずに済むと思います。

私は中学校の担任や学年主任から勧められるがまま理数科へ進み、その後の進路が狭くなり脱線する羽目になりました。

点数が良い=得意科目=関連する学部や職業が向いている

大間違いであると実体験した者からのメッセージです。

(13歳のハローワーク 公式サイト)
http://www.13hw.com/home/index.html

2012年4月 6日 (金)

NO.166 ラッコ

私を遊びに誘うには、水族館がいいと思います。

同期の女性に、美人というよりぽっちゃりしたカワイイ系の人がいました。

実は単純な私はひと目ぼれしました。

けど、同期入社の友達が先にその女性のことが好きだ、どうしようと相談に乗ってきました。

答えに窮しましたけど、声援を送りました。

彼は自滅しました。

いよいよ私の番です。

私もフラれました。

幸い、友達ならということで、会社帰りに食事をするようになりました。

スパゲッティを食べに行くことが多かったかな。あとオムライス。

イタリアンブームだったとはいえ、福岡の店はスパゲッティのレベルが高いと思いました。

ラーメンのレベルが高い街は、麺類全般レベルが高いのかな?

ちなみに、福岡はうどんも美味しいんですよ。

たまの休日には、一緒にあちこち遊びに出かけました。

これってデート?たぶん違うでしょう。

動物園、遊園地、美術館、ショッピング…。

中でもいちばんの思い出は水族館に行ったことでしょうか。

大阪から西では多分最大規模の水族館だと思います。

ここにいたのがラッコ。

地元伊豆の水族館にもラッコはいたのですけど、いつでも拝めると思っていて、行くことがありませんでした。

超カワイイ!

「どうしたの?」

「ラッコにひと目ぼれした!」

「・・・・・・(*^_^*)」

本当に単純な私はラッコの虜になりました。

女性から勧められて読んでいたラッコの漫画「ぼのぼの」の影響もあるかも。

「いぢめる?」「いじめないよ」という会話を記憶の方もいるのでは?

福岡を離れ、女性ともお別れして、パソコン通信で仲良くなった人と結婚して同じ東海地方とはいえ伊豆とは全く違う場所で暮らすようになりました。
ちなみに1月に離婚し、今の私の恋人はラッコだけです。

大阪や名古屋方面からたくさんの客が来る水族館があります。

鳥羽水族館:http://www.aquarium.co.jp/

ここは名古屋の近くにある我が家からとても遠く、高速道路を使って2時間近くかかるのですけど、いるんですよラッコちゃんが^^

年間パスポートなるものを購入して足繁く通うようになりました。

始めの頃は妻と一緒に出掛けていましたけど、やがて呆れられ、1人で早朝に出かけるようになりました。思えば結婚してすぐに、価値観の相違は大きくなるばかりだったような気がします…

それはともかく、朝の「エサやりタイム」目当てに通い続けました。

朝は空いているのですよ。関西や名古屋からの観光バスがまだ着かないので。

静かな空間で落ち着いてラッコを愛でることができます。

鳥羽水族館は、今ひとつあか抜けない、昭和の雰囲気を醸した少しレトロな水族館ですけど、水生物の研究レベルは非常に高く、展示物も、雑然とはしながらも全国有数の種類数を誇ります。

他のお魚さんやペンギンさん、海獣(実はアザラシも大好き。笑顔?がステキ)を観察していると、やがて水族館の目玉アシカショーが始まります。

皆さんがアシカに惹き付けられている間が、ラッコちゃんを観察するチャンス!

年間パスポートを持っているので、毎度毎度同じショーを見る必要ないし。

エサやりタイムのラッコとは違った姿を披露してくれます。

最近は忙しくて水族館に行くことが無くなってしまいましたけど、元気にしてるかな?

2012年4月 5日 (木)

NO.165 男の寿退社 ~さらば福岡よ

(前回(NO.164))から続く

情報処理試験は、幸い合格したため会社を首にならずに済みました。

当時はコンピューター関連企業ということもあってか、社内でパソコン通信(引用:ウィキペディア)が流行っていました。

インターネットは大衆世界においては黎明期で、まだまだ高嶺の花。

見知らぬ人とのコミュニケーションは、まだまだパソコン通信が主流でした。

自宅内で夫婦同士パソコン通信で会話をしている社員もいました。

市内近所で暮らす叔父夫婦がパソコンを買ってパソコン通信を始めたいと言い出しました。

パソコンの選定作業を手伝い、パソコン通信の会社選びもと、なんてしているうちに自分でもパソコン通信を始めたくなりました。

当時はPC-VAN(現BIGLOBE)とNIFTY-SERVE(現@nifty)が覇を競っていましたが、身の回りではニフティ派が圧倒的に多かったのでニフティサーブに加入してみました。

現代のインターネットと比べると料金が従量制でとても高く、通信には工夫が要りました。データの容量(1バイト単位)で課金されるため、メールの作成に当たっては漢字の送り仮名を減らすとか句読点を使わないとか、文章を短くするのが何かと大変でしたけど、顔が見えない相手とのコミュニケーション、それも全国各地の方々と知り合いになれる、本当に楽しい世界にすっかりのめり込んでしまいました。

有料会員限定のサービスだったので、現在の迷惑メールのような、外部から嫌がらせを受けることはありませんでした。

ルールを犯した会員は退会させられますから。

ユーザーID=メールアドレスのようなイメージでみなさんとやり取りしていました。

パソコン通信の細かい仕組みは省略します。

フォーラム(会議室)と呼ばれる、同好の士が集まったサークルのようなものがありました。

私は、フォーラムには所属せず、掲示板に自分のプロフィールを載せていました。

それを読んでメールを寄せてくれた人たちと友達になって毎日複数の方々とメール交換していました。

インターネットメールと違って、本当に手紙みたいなものでしたよ。

相手にメールが届くまで、下手をすると2日程度かかることもありました。

即時性に劣る分、それだけワクワク感があったかもしれません。

メールで話が合う人とは、では実際に(紙の)手紙をやりとりしてみようとか、実際に会ってみようかということも。

年賀状のやりとりは数年間続きました。

実際に会った方は?

3人の会員と実際に会いました。

もちろん、それぞれ別々の場所で。

少し年上の男性1人と、若い女性と、やがて結婚して今年離婚した元妻。

いずれも初対面という感じがしませんでした。

さすがにリアルに会うと個人情報は晒さねばなりません。
名無しのゴンベイさんでは。
といっても、自宅の住所電話番号を初対面の際に出す人はひとりもいませんでしたよ。

名刺交換でお互いの氏名と勤め先が分かる、その程度です。
それでも、氏名が分かるというのは、やはり安心できます。
その後のメール交換での付き合いが深まりました。

リアルに会うことなく手紙や年賀状のやりとりをする方々とは、当然ながら氏名と住所を教え合っていました。
教えなきゃ、郵便届かないので。

ちなみにアドレス=ユーザーIDなので、これは個人情報ではありません念のため。
これが分からないことには、そもそもメール交換できない仕組みでしたから。

こうして、我が家の宝の持ち腐れウィンドウズPCは、パソコン通信仲間とつながる窓口に変身したのです。

皆さんのブログやコメント、つぶやきを読むと、いろいろな意味でパソコン通信を使ったことがある人かどうか、何となく分かりますよ。

あまり細かく書くと人間は想像力を失うので中途省略…

96年11月末日、会社を辞めて福岡から引っ越し、翌年結婚しました。

2012年4月 4日 (水)

NO.164 福岡 けやき通りでの孤独生活

(前回(NO.163)から続く)

社会人2年目の1994年、市内の賃貸マンションに引っ越しました。

天神から徒歩30分の、けやき通りという洒落た名前のところで、名前に違わぬ美しいケヤキが道路の両脇に立ち並んでいます。路面に面するのは落ち着いた色合いやデザインのマンションやビル。

最寄りの地下鉄駅までも徒歩12分くらい、かなり遠いので、天神や博多駅への足は頻行する路線バス。バス停まで歩いて3分。

福岡市は日本一のバス王国です。
バスを使いこなすのがよそ者にとって難しいのは、どこの街も一緒だけど、路線図を覚えればこれほど便利な足はない。

このマンションは10畳キッチンつきのワンルーム。
月5万5千円。
若干古い、街中で、しかも1階ということで日当たりが最低、空がほとんどないというマイナス条件を考えても、周辺物件と比べれば格安です。

安月給なのに、こんなハイソなところに住めたのは、死に物狂いで残業していたからかな。

最終の地下鉄やバスを逃すと、タクシーで帰宅していました。
新人の時に暮らしていた寮と違い、何軒もコンビニがあり、深夜営業の弁当屋もありました。

平日は連日午前様でタクシーで帰還、コンビニ弁当やホカ弁の侘しい晩飯。

それでも朝は6時半のバスに乗り、7時には出社していました。

休日は、競馬や遊び、デート?に出かけない時は料理にチャレンジ。
牛スジカレーも挑戦。
何度も煮込んではアクをとりの繰り返し。
煮過ぎるとドロドロになるので、火加減が難しかった。
初めてできあがったときには、その味に感激しました。

あとは、スパゲッティ。
こちらはレシピ不要。
自己流で何でも作りました。
作品の披露は、写真付きでいつの日かに。
今でもスパゲッティは大好きですよ。

結構楽しんでいましたよ。孤独な生活を。
高校生になって目覚めた文学。
書く能力はないと早々に悟ったので、ひたすら小説などの本を読み漁っていました。
本棚を次々に購入し、どんどん空き空間がなくなってきました。

引っ越して1年後、空前のブームになったWindows95。

早速パソコンにインストールしてみた。
これってMacの物マネ?と思ったけど、DOS/V機=Win95=グローバルスタンダードということで、受け容れることにしました。

まあ、OSを入れたところで、使うのは競馬のゲームソフトだけ(笑)

このパソコンが本領を発揮するのは翌1996年。

続きは次回!

NO.163 福岡でスタート 社会人20年目に突入しました

1993年4月、福岡の会社に就職しました。
あれからもう19年も経つんだな。。

はじめての一人暮らし。
1年目は寮生活で、私を含めて5人の同期入社の人と一緒に生活を始めました。
全員男です。皆さん浪人やら留年やらで、私がいちばん若かった…

県庁のそばとはいえ、福岡市内の繁華街からは離れていて、かなり不自由な生活を強いられました。
都市部の住宅街なのに、なぜか近くにコンビニがない。
地下鉄の駅までは徒歩5分程度なのに、最寄りのコンビニまで歩いて10分以上かかる。

グループ会社の単身者専用で、全室ユニットバスつき洋室6畳個室。
元々ビジネスホテルにでもするつもりだったのでしょうか、ベッドが部屋を占有し、冷蔵庫や小さな食器を置いたら、もはや書棚や机を置くスペースがない!
床スペースがなくなりました(笑)

寮の食堂は夕食600円と、新人の財布には高く感じたので、せめてもの休日は共有スペースにある電気コンロを使って自炊することにしました。
共有スペースなので人に見られるのが恥ずかしかったけど、背に腹は代えられないなと。
調理の本を買ってきて勉強しました。

ちなみに、寮費が高かったために1年で寮生活からおさらばし、お引越ししました。
退寮には会社の許可がいるため、理由書を書いて提出しました。
書類を作成するに当たり、今でも親しくさせていただいている優しい上司からアドバイスをもらいました。

情報処理技術者試験合格を目指して勉強したいのだが、机を置くスペースがない、引っ越して机を置いて勉強して合格します云々(苦笑)

ちなみに私はお門違いにもコンピューター関係の会社に入ってプログラマーの仕事をしており、試験に合格しない人間は…という雰囲気がありました。

おっと、脱線しました。
九州最大の繁華街は天神。
これも同期の人に教えてもらって、早速出かけてみました。
物凄い人、人。特に若者が多い。
ビルもデパートもたくさんあって立派な地下街もある。
バスターミナルからは九州各地への高速バスがひっきりなしに出発。

ここが福岡、九州の中心なんだなと実感しました。
博多駅から地下鉄で5分くらい。

さて、平日は深夜まで残業、土日は寮の友達と遊びに出かけたり、市内の父の弟夫婦の家、北九州市にいる母方の祖父母の家を訪ねたりしていました。
あとは、ラーメンを食べに九州各地へ日帰りでお出かけ。
祖父は12年前に死に、祖母は重度の認知症と衰弱のため入院しています。
母の弟夫婦が世話をしています。

寮のある友達から、悪事に誘われました。
北九州市の、小倉競馬です。
これも社会勉強かもと思って、一緒に連れて行ってもらったら、すっかりはまってしまいました。

天神からは路線バス並の頻度で高速バスが小倉との間を結んでいます。
始めは友達と一緒に競馬場へ通っていましたけど、賭け事は一人のほうが楽しめるということで、やがて一人で通うようになりました。
寮仲間だけでなく、なんとまあ同じく同期の女の子と競馬場でばったり遭遇ということも!

ちなみに、競馬場は祖父母の家と同じ北九州市内ということで、土曜日に祖父母の家に泊まり、日曜日に競馬場へ、というパターンが月に1回程度ありました。

祖父は「そのうち飽きるやろう」
祖母は「負けたら映画を何本も観たと思えばいいよ」

まさに祖父母の言うとおりで、確かに飽きてしまいました。
福岡を離れるとともに忘れてしまいました。
勝ち負けを合計すれば、明らかにマイナスでしょうね。

そうそう、天神からの高速バスでしょっちゅう熊本市内へも出かけていました。
小倉と同じく熊本も並の路線バスよりも高頻度運転です。
片道2時間強くらいで、運賃は確か往復4000円でお釣りが来たと思います。
今は値下げしましたけどね。
熊本に行く目的は「熊本ラーメン」を食べるため。

叔父叔母に付いて北九州に引っ越した祖父母の家は、元々熊本にあったのです。
小学生の頃は毎年夏休みの大半を弟と共に、熊本の祖父母の家で過ごし、昔は小学校の理科の教員だった祖父に勉強を教えてもらいました。
元先生とは言っても、教科書には載っていない地層や化石の話とか、昆虫採集の方法、作文の書き方、写真の撮り方、たくさん教わりました。
読書の大切さも。

そんなことを回想しながら熊本訪問を繰り返していました。

静岡から福岡に移住し、会社の新人研修で同和問題を初めて知りました。
同期の仲間の話によると同和問題を抱える地域では、学校で同和研修を繰り返し受けてきたそうです。

長くなったので、続きは次回。
1年目は仲間との共同生活。
本当の独立生活は、社会人2年目からです。

2012年4月 3日 (火)

NO.162 ネットいじめ ~酷いのでやめようよ皆後悔するから

先日、この本を読み終えました。

 『ネットいじめはなぜ「痛い」のか』 原 清治・山内乾史 編著 ミネルヴァ書房

現代のいじめは、私が子供の頃にはなかった携帯電話のメールや、インターネットを使用して、より陰湿に行われています。
テレビや新聞で、いじめに関するニュースに接するたびに、悲しくなると同時にやるせない憤りを覚えます。

子供がいない私には、現在の学校の様子がよく分かりませんので何とも言えないのですけど、感想というよりは、興味を持ったことを3点ほど挙げます。
もちろん、全てのいじめがこのとおりだとは思っていません。

ちなみに、私は大阪万博開催の年(1970年)に生まれた人間です。
これを念頭に読んでみてください。

1)いじめの標的となる子供の違い

昔のいじめは、「集団から孤立した子供」が、いじめの標的になったが、現代のいじめは「集団の中にいる子供」がいじめの標的になる。

2)いじめの24時間営業化

昔のいじめは、学校内、せいぜい登下校中で終わった(もちろん、そうでないケース多々あり)。
すなわち、家に帰ればとりあえず「解放」されたが、現代のいじめは、被害者の携帯電話あてに執拗に送信されるメール、ネット上の掲示板(学校裏サイト等)に晒されるスレッドなどにより、1日24時間ずっとなされる。

3)被害者と加害者との交替

昔のいじめは、面と向かってのいじめで、被害者も加害者も明らかであったが(上履きを隠すなどの行為も、誰が犯人かは、だいたい推測できたと思う)、現代のネットいじめは匿名で行われる、あるいは同級生の名を勝手に使って為される。
ネット上では、必ずしも力関係が加害者>被害者とはならない。
何らかの要因で加害者の氏名が被害者によって特定できた場合は、被害者によって仕返しができるようになった。報復できるようになった。

下手な文章、だらだら書いても長くなるだけなので、ここでは問題提起にとどめ、まとめに入りますけど、昔も今も変わらないなあと思うことは、いじめ根絶のための抜本的対処法がないことです。

職員室は業務多忙で教員は過労状態。

サイバー警察が裏サイト開設者や書き込み人の跡を追うものの、いたちごっこ(実は犯人である子供は証拠を残しているので逮捕、補導しようと思えばできるのですが、捜査に支障が出るので詳細は割愛します)。

ブログで繰り返し訴えてきたことですが、いじめは凶悪な犯罪です。

教室内だろうと、ネットやメールだろうと一緒です。

いじめは、人権侵害です。

お金を巻き上げたら、恐喝です。

集団で殴ったり、辱めを与えたら、暴行です。

自殺に追いやった場合は、殺人です。

被害者は一生傷を負って日々暮らしてゆかねばなりません。

加害者も同じだと思います。

もし加害者も人間なら良心の呵責というものがあるはずです。

学校にできることは、人権教育の強化

警察にできることは、徹底的な、容赦ない摘発

保護者にできることは、常に子供の心に寄り添い、子供を守ること
(携帯電話やパソコンを与える際は、きちんとルールを作り、守らせましょう)

いじめ。。。とても難しい問題ですね。

これからも、ゆる~く勉強していきますけど、悪ガキには容赦しません。

2012年4月 2日 (月)

NO.161 病気との長~いお付き合い 躁うつ病編

私は躁うつ病患者です。

正確な病名は「双極性障害」。

うつ病とは違う病気だけど、同じような症状も出ます。

うつ病も同じくらい大変な病気だけど、躁うつ病とうつ病は治療方法が全く異なるので、誤診されたら大変ですよ。見分けがつかない場合が多いので注意してください。

このことは、何度か書いてきたけど、新しい読者さんが増えてきたので改めて自己紹介しました。

今日は年度初めだというのに、朝、強いうつ的症状が襲ってきて仕事を休むことにしました。
メンタルは、早めの休息が肝要。
理解ある職場に感謝です。

とりあえず3日間。

同じ病気や、うつ病の方ならわかると思うけど、病院に行くことすらできない。

病院に行くだけの気力があれば、職場に行けるわいという感じ。

ということで、今日は病院にも行けず…

調子が悪い時には休むに限るで、休暇を取りました。

いまの職場は(正確には、職場の上司と同僚)メンタルヘルスに理解があって休暇を取れるけど、うちの組織でも、御多分に漏れずメンタルで休みを取るのは勇気が要ります。

うつ病だとカミングアウトするだけでも勇気が要るし、病気を理由に休む…これも難しいですね。

最近は職場のメンタルヘルス対策も進んで早期発見、早期治療なんて言っているけど、もうも、メンタル疾患=うつ病、というイメージが定着しているようで、その他の、例えば私の躁うつ病やその他の精神疾患への理解度は、まだまだと言ったところでしょうか。

メンタル疾患が急速に増え始めたころ(正確には、カミングアウトが増え始めたころ)、うつ病をはじめ精神疾患のことを「心の風邪」、病気を「治す」のでなく「病気と付き合う」なんて言う風潮がありました。

精神疾患が身近なもの、完治しないから無理しないように、という意味で使われ始めたと推測しますけど、そんなに甘いものではないと思っています。

単なる風邪なら、自然に治るけどメンタル疾患は、「現段階では」完治は困難で、服薬治療により「寛解」(かんかい)を目指します。
薬によって調子を落ち着かせる、安定させることを目指すわけです。

躁うつ病の場合は、躁的状態と鬱的状態の病態が正反対であるため、病気に対する周囲の理解がなかなか得られません。
家族の理解を得ることすら難しいものがあります。

心の風邪に代わる表現は、なかなか思い浮かびません。

病気と付き合う・・・気分がコロコロ変わる人間と同居する?・・・こちらもうまく表現できないけど、「付き合い切れない相手」という感じでしょうか。

発病して11年。
年単位の長期の休暇と復職を繰り返してきたけど、3年ほど前にようやく長期休職をせずに済むようになりました。
やはり、主治医から処方された薬をきちんと服用してきたことがいちばんです。

ところが、今日のように調子が崩れることが時々あります。

飛行機が、気流の乱れたところを飛ぶ際に激しく揺れるようなものでしょうか。

メンタルだけではありませんけど病気や障害を抱えた皆さん、お医者さん指示を守ったうえで、あとは病気や障害のことを忘れてお気楽に生活したいですよね。

~闘いたくも、付き合いたくもない!治したいよ!

それから病気や障害のことを、

~忘れたい けど 忘れられない かな。

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